富岡敬明
富岡敬明の趣味 漢詩

役人としての人生を全うした彼の人生観や本音が最も表れているのが、漢詩です。
彼は熊本県の知事を退いた後、山梨へ戻り、没するまで約20年間、甲府で暮します。
明治32年(1899年)には、『双松山房詩史』という漢詩集を出版。
その本の中にも敬明の思いがぽろり、ぽろりと出てくるのです。
敬明の役人としてのまた男としての人生観を垣間見ることができる文章があります。
「男子たる者、人を欺いて手柄を求めてはならない。そして同時に欺かれる人間であってはならない。
欺かれるのは自分の責任」。幾度となく漢詩に登場するこういった言葉をみていると、
敬明の1本筋の通った信念というものが理解できます。
敬明が晩年、山梨へ戻ったのは妻ことの勧めもあったのですが、
大小切騒動により亡くなった2人の農民への慰霊の気持ちもあったのではないかと言われています。
晩年は漢詩の指導も積極的に行い、様々な文化活動も行っていました。

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